ものぐさにっき。

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福山パパの映画
友人に誘われて、福山がパパを演じる映画を観に行って参りましたー。
やー、自分では選ばないチョイス映画、たまには楽しいもんですね。

たいしたネタバレもないので、このまま内容話してしまいますが、CMでさんざやっている通り、病院で取り違えられた子供の父親役が主役の福山です。
息子に対してたいした愛情も抱いていなかったパパ。むしろ出来の悪い息子にちょっとイラッとすることも多い。こいつは本当に優秀な俺の子なのか?まあ子育ては妻に任せて、俺はバリバリ働くぜー。休日出勤仕事持ち帰り当たり前ー。
そんなある日、出産した病院から連絡が。今になって新生児の取り違えが発覚。
「やっぱりか!」思わずうなる福山パパ。
DNA検査をした結果、自分の息子の取り違え先が判明。取り違え先は自分とは全く違う貧乏な大家族だったが、のびのびと育った子供はガキ大将タイプで、こっちのほうがいかにも自分の血をひいていそうだ。
両家でさてさてこの先どうしようかと話し合う傍ら、とりあえず毎週土曜日に会って親睦を深めましょうやと付き合いを重ねてゆく。
そこで立ちふさがる問題。
小学一年生になったばかりの息子をこの機会に本当の家族同士交換するべきか、このまま育ててきた血のつながらない息子を育てるべきか。
まさに生みの親と育ての親問題。ほぼパパ視点。
パパは多少悩みますが、もともとが自分本位な性格をしていたので、あっさり「悩んでいる暇があるなら両方とも引き取ればいい。養育費はあるのだし」と結論。けれど、もちろん相手方の夫婦が納得するわけがない。
そんなわけでやっぱり血のつながった息子かこれまで育ててきた息子か選ばなくてはならなくなりますが、両方の子供と関わればかかわるほど、そんな結論なんて出せる問題ではありません。
あんましその辺の心の機微や大きな事件が起きたわけでもなく淡々と月日は過ぎゆき、結局のところ、血のつながった子供を元通り育てる方向で結論を出す二つの夫婦。そして始まる新たな生活。
初めこそ育った環境の違いで子供たちもぎくしゃくしていますが、一緒に暮らし始めれば愛着もわくし、これが自分の本当の子供と思えば厳しくしつけもするし、際限なく甘やかしたくもなる。
子供に対して打ち解けようと努力して、夫婦はいつしか、元の子供のことを忘れられないまでも、自分の実の子供へと愛情が傾いてゆきました。
そんなある日、子供に聞きます。一番の望みはなにか?

「もとのおうちへ帰りたい。ごめんなさい」

泣きポイントきたこれ!
というか、ここまで福山パパが主人公で彼にばっかりリンクして、自分が同じ立場だったらどちらを選択するかどうするかと延々悩み続けてきたシンクロニティの強い観客は、ここでようやく気付くのです。
「結論を出すのは自分ひとりの意志なわけがない」
ガキ大将で遠慮を知らないしつけのなっていない子供が、自分の子供が、実の両親に向かって「ごめんなさい」と言って、育ての親のもとに戻りたいというのです。
親同士が取り違えをどうするかと話し合って話し合ってもめあってここまできたけれど、それをどうして当の本人に選ばせてやらなかったのか。
否、それこそ、両親の思惑や希望をさておいても、本当に子供たちの幸せを願うのであれば、本人に選ばせてやるべきではないのか。
そうだよ、初めから福山パパに選択権なんてなかったんだよ!!!
淡々と進む物語かと思いきや、こんなところで目からうろこの真実に触れた感動。

両方の子供たちの本当の願いを聞き届け、両方の夫婦は結局のところ、血のつながった実の子供ではなくこれまで育ててきた子供を自分の子として育ててゆくことになったのでした。

…まあ、そこに至っただけで、この先の可能性は分かりませんけどね。そんなきっちりラインを引くことなく、きっと臨機応変に対応してゆくのでしょう。むしろこの二人の子供を通して二つの家族が一つの家族も同然になってゆくのだとしたら、取り違えというあってはならないミスも悲しみだけに繋がる結論ではなかったのかもしれません。

途中書いた通り、話自体は淡々と進みますし、これといってどの登場人物にも萌えませんし、笑えることもないのですが、逆にその辺が世の中のどこにでもいる夫婦っぽく、また最後に着目点を変えたラストへ繋がった辺りとか、きちんとした一本の映画に出来上がっていて、そういう点では評価の対象。
ただ、起承転結がしっかりして盛り上がりがあったほうが、どうせ作り物の映画の世界を二時間楽しむのならいいじゃなーいという方には、お勧めはできません。

そして見終わった後冷静に考え直しても、もし自分が同じ立場だったら…と考えることでの自分なりの結論は出ないのでした。
だってそもそも、自分に子供がいること自体が、まったくこれっぽっちも想像できない。「たとえば」ですら、その気持ちになることができないのです。
つまりは、それがタカヤマの人生の結論ということか…ある意味、己を知る秋ですたな…。
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