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ものぐさにっき。

成分の99%は萌えで出来ております。
取り替えられた子供
牡蠣大好きっ子のワタシが密かに心寄せているのが、毎年二月に行われる三重と広島の牡蠣祭りです。
普段食べる牡蠣は広島産と決めてるワタシ。
そして浦村産の牡蠣を心から崇拝したいワタシ。
そんな浦村牡蠣祭りが、今年はこの土曜日に開催されていたわけです。もちろん、牡蠣下僕のワタシとしては馳せ参じる心積もりでしたよ?
さ、どういうルートかしら、積雪は大丈夫かしらと高速道路情報なんかを調べつつ、会場までの地図を見ていたところ、去年の牡蠣祭りの様子なんかがアップされてるブログなどを発見。
きゃー、テンションあがるわー、と見てみたら、どこも人、人…。

テンション下がりました。

急降下です。がっつり墜落です。
結局土曜日の朝はいつもどおり惰眠を貪り、家でぬくぬく食べる牡蠣も美味しいよね、と自分を慰めたのでした。

駄目人間。

(でもさ、牡蠣食べるために並ぶのはどうでもいいけれど(回転も早そうだし)、帰りの駐車場までの送迎バスのために一時間も並ぶのはどうかと思うんだ…!そこで絶対に精根尽き果てると思うんだ…!)

そんなわけで予定変更。見る予定はなかったけれど、来日インタビューで「思いもよらないラストがまってる」と言っていたのがとっても気になったので、アンジー信者の友達と一緒に「チェンジリング」見に行ってきました。
以下、ネタバレ感想でーす。
1920年代、ロスで実際に起きた事件を描いた親子の物語です。
母子家庭で、ある日突然母親が仕事に行っているうちに子供が行方不明になってしまう事件が発生。
母親は子供を捜して欲しいと警察に訴え出るわけですが、訴え続けて半年後、警察によって保護された子供は自分の息子ではなく、ただ似てるだけの赤の他人でした。
自分たちの捜査ミスを絶対に認めない警察は、自分の息子もわからないのか、と再捜査の懇願をする母親を精神病院に監禁してしまいます。けれど母親はけして諦めず、あの子は自分の子供じゃない、本物の息子をどうか探して欲しいと懸命に訴え続けます。ここまでが事前にテレビなんかでも流された大まかなあらすじというか、シーンですね。なので、ワタシも事前知識がその程度で行ったので、子供が神隠しにあったミッシングリンクの話なのかな?と思っていたくらい。
一方、そんな物語の裏側で、カナダに近い片田舎で不法滞在の子供を捕まえ故郷に強制送還しようとしていた警察官が、その子供からとんでもない発言を聞いています。
曰く、自分の不法滞在を補助していた従兄弟は殺人鬼で、もう二十人以上の子供を殺している。自分も逃げたことが判ったら殺される、という内容。
半信半疑でその男の農場を捜査した警察官は、そこから無数の子供たちの骨を見つけ、国外逃亡をしていた男を緊急逮捕します。
そして明らかにされた被害者の中に、ロスで母親が探していた子供もいたのでした…。

けれど、息子が大量殺人犯に殺されていたことを知らされたところまでは、実は物語の折り返し。
後半、けして子供の取り違えを認めずに捜査を打ち切った警察相手の起訴、そして犯人自身の裁判から死刑までが母親側からの目線で進められます。
母親の訴えは当時の世論をも動かし、捜査を担当していた責任者はもちろん、当時腐敗と悪政の温床となっていたロス市警の偉い人たちまで解職に追い込みました。
当然、大量殺人犯も死刑です。
母親の正当性は認められ、あまつさえ警察という機構の腐敗を止める歴史的な一歩ともなったのでした…。

どこまでが史実なのかちょっと判らないけれど、エンドクレジットの関係者のあれこれを読む限り、人間関係は殆ど実話なのだと思います。
とはいえ、有名なのは大量殺人の犯人のほうで、アメリカで猟奇殺人といえば真っ先に彼の名前が挙がってくるほどに有名な事件だったそう。(そして当然のようにそんなことも知らない無知なワタシ
でも監督はクリント・イーストウッドです。まさか、それで終わるはずがありません。
世間的に事件が終わった後も、母親は一人、地道に息子を探し続けます。なぜなら、見つかった大量の遺骨と遺品の中に、息子と一致するものがなかったから。
今も息子はどこかに逃げおおせて生きているかも、という願いを胸に何年も探し続ける母親のもとへ、数年経ったある日、一本の電話が入ります。それは、かつて大量殺人鬼の犠牲になった子供を持つ母親からの電話でした。
「死んだと思った息子が見つかった」
その一報に、母親は遺族とともに警察署に駆けつけます。そこには、数年経って面差しが変わったけれど、確かに生きている少年の姿がありました。
事情聴取で少年は語ります。殺人鬼にどうやって捕まったか、そしてあの農場でどんな恐怖が待っていたか。
その時一緒に捕まっていた子供の名前も少年は覚えていて、そこには確かに母親の息子の名前がありました。確認のため、その名前は確かかい?どうしてその子の名前を何年も経った今でもはっきり覚えているんだ?と聞く警察官に、少年は答えます。
「一緒に捕まって数日経った時、その時捕まってた四人で金網を破って逃げ出そうとした。僕一人が逃げ遅れたけれど、先に逃げた彼だけが戻ってきて助けてくれた。だから今、僕は生きている。彼に心から感謝している」
息子が仲間を見捨てない子だったということに誇らしさを感じると同時に、一緒に逃げ出したのに帰ってこなかったという事実に打ちのめされる母親。
警察官は更に質問します。
「どうして今まで逃げ暮らしていたの?」
「家に帰ったら家族まで殺されると思った」
「殺人犯が捕まった後も?」
「そうすると、今度は怖くなった。あそこで起きた事件を知っていながら、自分たちだけ逃げてそれを黙っていたから。その後も殺された子供のことを考えると、自分が殺したも同然だといわれるのが怖かった」
「ならば、なぜ今になって名乗り出たの?」
そのもっともな質問に、少年は少し黙り、やがてぽつりと「ママに会いたかったから。それからパパにも」と答えます。

会場中涙腺決壊。(だって皆すすり泣いてたんですよ!)

母親もその言葉に力を取り戻します。息子は逃げ延びていた、ならば自分も諦めるわけにはいかない。今日からまた、より一層探し続けようと勇気を貰い、そしてエンドクレジット。
ラスト、「母親は生涯息子を探し続けた」というテロップが流れ、ああ結局子供は生涯見つからなかったんだな、と胸が痛くなり、物語は終わります。

いやもう、イーストウッド万歳。間違いない、この人の映画の見せ方、完成度、間違いない。史実の映画化なのでちょっとばかりもどかしいな、と思うところもあるのですが(多分アンビリーバボーとかで編集されたら三十分くらいに纏まった、しかも泣ける実話に仕立て上げられたんだろうな、というのが判るだけに)、でも脚本もさることながら俳優一人ひとりの演技がとても上質なので、やっぱり高い完成度と思えます。いい映画観た!そしてキャスティングも最高。というか、弁護士役の人、最高!
全然聞いたことのない名前だったけど、ものっすごく格好良くて一目でファンになってしまいました。ああ、他にどんなのに出てるのかなー。
法廷で悪を糾弾するときの弁護士の口調って、味方側だと思うと途端に格好良く見えますよね。三割り増しくらいで。

そして、母親は警察の酷い対応に憤ることもありますが、けして逆らわず順応です。なぜなら怒らせて息子を探してくれなくなったら困るからです。息子のためなら母親はなんだってやります。アンジーがそれを見事に演じきりました。アンジーはもう、この演技でアカデミー獲ればいいと心から思う。この先どんな素晴らしい映画に出ようと何役を演じようと、もしも生涯に一度この人がアカデミーに輝くことがあるなら、それはこの作品であればいいと思う。それくらいに母親を演じきってました。やつれ具合も全部リアルに。

あと、息子が殺されたと告げられ、警察相手に裁判を起こすことを決意した母親が、「もう失うものは何もないから」と答えたのが印象的でした。
人って生きてゆく上でそれぞれに守るものがあると思うんです。
判りやすくいえば、家族のため、自分のため。
夫と喧嘩をする。けれど、家族だから子供のため、明日からの家庭のために妻はぐっと堪えて我慢をする。
会社で嫌なことがあった。納得いかないし、理不尽だ。けれど、自分が辞めたら家族が困る。だから、家族のため、老後の自分のためにもやもやを飲み込んで頭を下げるサラリーマン。
やれ警察の対応が悪いとかに始まり、コンビニの店員の態度が不快だったとか、学校で友達に陰口叩かれたとか、毎日どこかで何かに憤ってる人がいて、けれどその全部が喧嘩になるわけじゃないのはどちらかが我慢してるからと言い換えることが出来るかもしれません。

悪い例→市民から苦情が入ったため上司に怒られた警察官→気分が悪く電話対応が杜撰に→警察の対応が悪くてむかついた無関係の市民→バイト中もムカムカしてたのでぶっきらぼうな接客→会社で嫌なことがあった上にコンビニ店員の対応まで悪くて更にイラついたサラリーマン→家に帰って、普段なら気にしない些細なことで妻と喧嘩→喧嘩した妻はあれ早く片付けなさいっていったでしょう、と子供を強く叱責→母親に叱られてふてくされた子供が学校で腹いせに友達の悪口に悪乗り→悪口言われた子供が裏サイトにその子の悪口を書いてやり返す→親が教師に文句を言う→子供同士の喧嘩に巻き込まれて口うるさい保護者に辟易する教師→(エンドレス)

おお、不快の連鎖って怖いな…!(自分で書いててなんですが)
悪感情ってすぐに連鎖を呼びますよね。何かむかつくことがあったら当然気分が悪いから人に優しく接することが出来なくなる、という当事者からしてみれば当たり前のことが、けれど関係ない人にとっては八つ当たりされた不快を呼び、それが様々な因果で繋がってしまう。当たり前のことのように見えますが、例えばどこかで誰かがぐっと堪えてその連鎖を止めれば、不快は伝染しません。
けれど、これが中々に難しい。
性格的に引き摺らない人も多少はいることと思います。けれど大概の人間は嫌な目にあったら中々切り替えられないものです。母親は警察にけんもほろろの扱いを受けたばかりか、息子もわからない駄目な母親だなんて罵倒までされたのに、涙を飲んで堪えました。息子のためです。すべてが息子のためです。息子のためにこそ、自分の怒りも理不尽な罵倒も耐えてみせるその姿。母親なんだなぁ、母親ってこういう生き物なんだなぁとしみじみ思いました。もっと世の中の子供は自分がどれだけ愛されて育ててもらったか思い知るといいよ!タカヤマさんを筆頭にね!(親不孝者)
アメリカでは子供は結婚して独立して、でもいくつになっても週に何回も親に電話するって聞きました。頻繁に連絡を取る。愛してると伝える。けれど、成人したらもうすべて自分の責任でもあるから、借金やトラブルの肩代わりもしない。だからオレオレ詐欺とか通用しないからないんですって。
けれど、日本の親はいくつになってもたとえ疑わしくても、子供に何か事件が巻き込まれて困ってたら?!と想像するだけでお金をすぐに振り込んでしまう。年に一度の連絡さえしてこない子供でも。
生活様式や関わり方なんて千差万別ですが、いつの世もどこの国でも母親の愛が世界で一番強いのかもしれない。人間でも動物でも。
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