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ものぐさにっき。

成分の99%は萌えで出来ております。
生き残った男の子の物語
T姉がポタ最終巻を読み終わったので、借りて読み始めました~。
というか、読み始めたら案の定止まらなくて、「こんな分厚いのを二冊も…」なんて思いながらも結局一日係っきりで読みきってしまいました。なんか衣替えとか色々やろうと思ってたのに、結局朝から夜寝るまでずっと布団の中で読書(笑)!
ずっと寝ながら読んでいたので頭が痛いです。同じ姿勢だったという物理的な痛みで(笑)。

世間から遅れて超今更ですが、ネタバレのため隠しで以下、感想でーす!
一巻が出てから何年でしょうか。主人公もついに17歳です。
毎年一年を通した学園でのお話を描いていたこの児童書ですが、最終巻の七巻だけはいつもと趣が違い、名前を言ってはいけないあのひととの最終決戦に向けてお話が進んでゆきます。
前回亡くなった校長先生の遺言と遺品を引き継ぎ、ラスボス戦を目指して迷走しながら進んでゆく主人公。今までだって導き手(校長先生)がいても勝手に迷走していた主人公ですが、今回は本気でヒントを与えてくれる人は死んでしまい、もはやその遺志を信じて進むしかない事態です。今まで以上にモチベーションが問われる感じ。

この七巻まで続いた物語、ワタシは実は途中から翻訳文が非常に読みづらいと感じるようになってしまい、正直中だるみしてしまったのですが、それでも最後まで読ませる力が原作にあるのは、やっぱりその発想力かな、と思ったりします。
子供の好きな題材をちりばめながらも大人が楽しめる駆け引きを描き、どの世代が読んでも楽しいと思わしめるのは凄いですよね。
ワタシは特に前者が圧巻です。だって、最終巻ですら、子供の好きな「勇者の剣」とか「秘宝」とかいうアイテムがメインに据えられているんですよ。これは人の死さえも描いてしまった児童書ではありますが、でも間違いなく子供たちのために描かれた小説なんだな、と思わされる一面です。

けれど、大人でも読み応えがあると思ってしまうのはやっぱり、筆者が少年たちの目線で子供たちの気持ちに敏感に物語を書いているのが判るからかな、と思います。
主人公が子供時代特有の傲慢さや軽率さを兼ね備えて、なおかつその目線で物語が語られていることは、「大人」が読めば判ることですよね。
けれど、子供たちはこの主人公と同じ目線でままならない事態を嘆いたり、友達の裏切りに怒ったりします。とても素直な受け入れ方です。
その子供の読み手の視線と、大人の読み手の認識が交わるのが、まさにこの七巻だと思うんです。
七巻で出てくる特別な要因である、死んだ校長先生の過去によって。
聖人ほどに万人に慕われた校長がけれど、若さ故の傲慢さと過ちを兼ね備えた過去を持っていたこと。
それを紐解き、受け入れ、認めたときに子供は大人になるのかな、と校長先生の告解を聞いている主人公を読みながら思いました。
後世、どんなに素晴らしい偉人と称えられた立派な「大人」だって、昔は自分たちと同じ「子供」であり、同じように愚かな若さ故の間違いをした。くしくも、七巻掛けて主人公がたどり着いた17歳という歳に。
これは、正義だと思い込んでいた自分たちの傲慢さや愚かさをある意味眼前に突きつけられる事態でもあり、それを客観的に受け入れらたことは同時に大人への第一歩だと思います。
大人だって完璧じゃないんだ、という許容でもあり、完璧な大人だって過去は間違えた、だから自分だってこれからいくらでも違う道を歩ける、という希望でもあると受け止めます。
七巻は物語の結点でもあり、そして集大成でもあるため、さまざまに伏線やら謎が紐解かれてまさに見事な完結編になっていますが、ワタシは中でも校長先生の過去のお話を混ぜたことを一番に評価したいです。

また、今まで読者たるワタシの目から見て至らぬ子供でしかなかった主人公が、尊敬すべき一人の人格者に見えたのはやはり、自分の死を受け入れた場面でしょうか。
17歳の子供が、世界のために、自分の好きなひとたちのために、自分が死ぬことで戦いを終わらせる決意をする。
言葉にしてしまえばありふれたヒーロー物かもしれませんし、自己犠牲を語るつもりもありませんが、けれどワタシには逃げ出さないで受け止めただけでも、もう彼は半人前の子供ではなく、一人の人間として数えていい人物であるように見えました。これが七巻掛けて描いた成長であり、校長先生の敷いた道だったんですね。

そうだ、そういう校長先生自身のことも、今回は一つの大きな事件ですよね。
初めは謎ばかり残して何も大切なことを話してくれなかった校長先生に、主人公はイライラします。同じ目線で読んだ読者もまた、そうだよもう少しヒントがあっても…と思わされるやもしれませんが、基本的に今まで指針であった彼を本当に疑う人はいなかったと思います。
主人公が八つ当たりしてても、「でも先生のことだから、最終的には納得行く事情があるんだよ!」と信じ、そして彼の過去が出てきても「そんなのは捏造にきまってる」と信じ、更には後半で彼の弟が過去を語っても「でもきっと先生側からの釈明を聞けば納得できるはず」と最後の最後まで校長先生を信じるだけの基盤が、この最終巻までに築き上げられています。
けれど、そんな葛藤は序章でしか過ぎないくらいの真実が、スネイプ先生の章にて明らかになります。
これは当然、裏切りと取る読者もいると思いますし、校長先生も「主人公を、いずれ死ぬ運命を受け入れさせるためにここまで導いた」ことに関しては否定しません。
読後、それがまだ受け入れられない読者層も当然いると思います。結局こいつが一番たちわるいんじゃないの、と思ってしまうかもしれません。
けれど、そんな世代の人たちも、きっともっと歳を重ねたのちににこの本を読み返す機会があれば、また別の見方が出来ると思います。子供と大人の両方に受け入れられるベストセラーだった理由が、そのときに判ることでしょう。
勧善懲悪の世界は存在しないように、まごうことなき正しさだけで形成された人間も存在しません。
例えば、校長先生の生徒を庇う姿勢と多少のことをうやむやにしてしまう茶目っ気は、主人公側の目線で見れば爽快なことかもしれませんが、魔法省側から見れば「非協力的な悪」と捉えられても仕方なかったかもしれないことのように、物の見方は千差万別。人の数だけ正しいことと間違ってることが、本来は細部にわたって分かれています。一くくりには出来ません。
この小説もまた、他のたくさんの児童書と同じようにそういったことを物語の中に織り交ぜて教える「教科書」の役目を果たしていたんだなぁとしみじみ思う次第です。

作者が前作出版時に、最終巻では様々な人が死に、そして更には主人公三人組の中の誰かも死ぬ、と明言してました。
まさか主人公じゃないよね、じゃあ、あの二人のどっちか?!と考えてしまったものですが、そのまさかの主人公、そしてそれだけの道筋を引いた後に生き返るまさかの事態(笑)。
シビアな小説ならば主人公が死んで物語が壮大に締めくくられるのもありでしょうが、ああ、やっぱりこれ児童書なんだな、ということをこのラストで思い出しました。
ラスボス戦を戦うだけならば、実のところ分霊箱の件さえ抑えていれば物語りは進みましたし、そして主人公が生き返る伏線もちゃんと別に用意されていましたが、その話をドラマチックに盛り上げるために「死の秘宝」というアイテムの存在があったのかな、と思ったりします。敵の魂がしまってある分霊箱とそれを砕くことの出来る剣(もしくはバジリスクの牙/さらにはそれに相当するアイテム)があれば話はそれだけでよかったわけですが、秘宝を交わらせることで糸を二層三層に渡って絡み合わせたというか、分霊箱と死の秘宝、二つのアイテムに関わる話を一本に纏め上げたその手腕というか情報量が、相変わらずすごいなーとも思います。

なんか中だるみしたためにとくにキャラ萌えもしていなかったこのシリーズですが、それでも最終的には色々な場面で泣けてしまったのは、ここまで付き合った時間の長さとそれだけ読み込ませるものがあったからでしょうか。最近どっかで似たようなこと言ったな(笑)。

あっ、そういえば、校長先生は信じて信じて信じて、でも実は裏切られてて、みたいな展開が超楽しかったですが、反対に信じて信じて信じぬいたのがスネイプ先生です。
うん、未だに彼は鹿を殺しても仕方ないと思ってる。彼には鹿を殺す権利がある(笑)。信じてた、先生は校長先生との間に何か絆があるって信じてた…!
ワタシが鹿を嫌いなのは、お約束ながら残酷な子供時代(苛めをしてた側)という事実があるからですが、校長先生が間違ったことをした子供時代があったように、愚かな子供だった彼も大人になってその間違いを正す人格を手に入れたのだとしたら、それもまた成長ですよね。
ま、その成長した姿を見る機会は残念ながらなかったので(血縁(自分の心の内側の人間)を愛することなら、苛めをするような性根の人間にでも出来る)、やっぱりスネイプ先生は彼を殺す資格がある、という評価は変わらないんですけれど(笑)。
そしてやっぱり物語一成長して格好よかったのは、ネビルだった!もう、超格好いい!あの子はいい成長の仕方をしました。
そういえばネビルはどうして最後、あの剣を持ってたのかな…。読み飛ばしちゃったかな?
もう一個疑問に思ったことがあったんだけれど、忘れちゃったので、ま、いっか(笑)。

最後、数年後の未来が垣間見えるエンディングも好きなタイプです。次男はホームでどうして自分たちが注目されていたかの理由を、ボグワーツで魔法史学を習って知るのでしょうか。
平和な未来はあの子供たちが引き継ぐんだな、とすごくありきたりなオチですがほんわりしますね。
ただ一言、ロンが言った「純血なんか」という言葉が気になります。彼なりの皮肉ならばいいけれど、未来になって混血が推奨され、今度は純血が迫害される差別感が生まれてきたというのなら、それはそれで間違ってるよね。
…ほんと、なんかたまに受け取り方に迷う翻訳があるんですよね(笑)。想像の幅を持たせてる分にはいいのですが、疑わせる幅というのはどうかと思う(笑)。

ともあれ、これで安心して映画版もラストまで付き合うことができまーす!
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