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ものぐさにっき。

成分の99%は萌えで出来ております。
トモダチの仮面
無印に盛岡冷麺&じゃじゃ麺(肉味噌が乗っかってるやつ)がどーんと平積みされていまして、心密かに盛岡ブームが来てる…!と信じてるタカヤマです。冷麺美味しいよ冷麺。結局少しくらい涼しくなっても冷麺は美味しい。
じゃじゃ麺も試しに一個買ってみました。どんな味なんだろう。楽しみです。

さてさて、長かった分作もラスト!20世紀少年の最終章観てきましたー!
以下ネタバレ感想です。原作と違うラストが用意されているとCMでも散々アピールされていましたが、原作未読なので何が違うのか判りません…笑。
一章と二章の間が15年という月日空いてましたが、二章と三章はそのまんま繋がってます。
いや、正確には2年くらいは空いたのかな。カンナママとトモダチの出会いから数えると、いや、のっぱらの少年たちの秘密基地から数えると、実に半世紀ちかい月日をかけたお話でしたね。
そういえば、この公開に合わせてテレビ放送された一章と二章ですが、一章以上に二章がまるっとテレビバージョンに再編集されており、カットシーンが復活していたのはともかく、それ以前にサダキヨとか孫刑事のエピソードがまるっとカットされていて、えー、それカットしても問題ないの?と驚愕した覚えがあります…。
余談でした。

復活の日を経て、ついに世界大統領にまで上り詰めたトモダチ。トップの座に立った後は、そのすべてを破壊することしかもうやることは残されていません。
トモダチは今度は人類虐殺計画を発動させようとします。
それを止めようとしているのは、二年の月日を経て二つに分裂したかつての仲間「過激派」カンナと「草の根活動派」のヨシツネ。
長いテロ活動にすっかり疲れ果てたヨシツネとは決別し、カンナはトモダチが予告した人類最後の日に大規模な武装蜂起を呼びかけますが、オッチョの「ケンジはこんな方法を選びはしない」という言葉と、ラジオを通して流れるケンジの歌声に、彼が生きていることを知り、武力を捨てます。
トモダチが思い出の地である「大阪万博」を再現した万博会場だけは攻撃しないことを知ったカンナは、武装蜂起の代わりに人類滅亡ウイルスが散布される日にその万博会場で大規模なライブを行うことを宣言し、生き残った都民に万博会場に集まるよう呼びかけます。
呼びかけは成功し、内心トモダチの執政に疑問を抱いていた都民らは会場に集まり、トモダチの人類滅亡攻撃から身を守ることに成功。トモダチを信じ続けた信者だけがウイルスによって死に絶える結果に。
一方ウイルスともう一つ、トモダチが用意したロボットを止めるべく立ちはだかったのは、ケンジとオッチョ。他の仲間も方々で人類を救うために懸命に活動していますが、二人がロボットを破壊してみせると、ついにトモダチが二人の前に姿を現したのでした。

そこで明らかになったトモダチの正体は、一章でビルから落ちて死んだはずのフクベエでした。
けれど、ケンジは「フクベエじゃない。初めから、こいつはフクベエじゃなかった」と呟きます。
そんなトモダチは最後、自分の正体を知ってるがゆえに追放した万丈目に撃たれ、あっけなく死にます。
フクベエのふりをして自分たちに近づいてきたこの「トモダチ」の正体を、ついにケンジもオッチョも思い出すことが出来ませんでした。

エンディング。
(この映画はエンディング後にまだ本編が続くので、映画館で「エンディングが流れても席を立たないで下さい」という張り紙が見かけられます。そんなことを言わないと駄目なくらい、皆、エンディングが流れると席を立ってしまうんですね)
二章でカンナたちがトモダチの過去を垣間見た「トモダチランド」のボーナスステージより、今度はケンジが旅立ちます。
「真実を知るために」
過去に旅立ったケンジは、お面を被ったトモダチの正体をそこで初めて知り、また、子供の頃のほんの出来心で犯した自分の罪が「トモダチ」を生み出してしまったことを知り、その歴史を修正しました。
現実世界ではもはや変わりようのない歴史だけれど、トモダチランドのトモダチの記憶でだけ修正された世界の中で、ついにケンジは「トモダチ」と本当の友達になったのです。
終わり。

えーっと、大雑把にこんな感じで!
この映画は一章からずっと同じ友達と一緒に観続けたのですが(彼女は原作読んでる)、終幕後二人でそっと席を立って無言で歩き始めた後、ワタシがポツリと「…一つだけ教えてください。まさか、原作もこのレベル?」と尋ねた無礼な台詞には、「浦沢御大をなんと心得るかぁー!」と飛び蹴りが飛んできました。安心した。(え)

さてさてさて、ネタバレ感想です!
まず前述の通り原作未読のためラストがどう違うのか判らないんですが、映画版のトモダチの正体は一章で出てきた「解剖大好き、実験大好き、カツマタくん」でした。
ドンキーの回想の中ではすでにフナの解剖の日の前に突然死しちゃった扱いになってましたが、この「死」はつまり、「イジメによる無視」により「いない人、空気のような人」扱いされた、という意味でした。よき昭和の時代とか思ってると、うっかり怖いな残酷な小学生!
で、なんでカツマタくんがクラスメイトに無視されるようになっちゃったかというと、夏休み中、ケンジが行きつけの駄菓子屋で万引きした「地球防衛バッチ」をカツマタくんが万引きしたと誤解されたから。
そこからすべての物語が始まります。
万引き犯のレッテルを貼られたカツマタくんは、夏休みが明けて新学期、悪質なイジメに合い、その後ひとりの友達も出来ないまま大人になり、あの昔の頃の思い出を取り返そうと今回の計画を始めたのでした。
トモダチは一貫して地位も名誉も権力もどうでもよくて、ただあの頃、野原で遊んでたクラスメイトたちの仲間に入れて欲しくて、クラスでもガキ大将で人気だった「ケンジ」くんの友達になりたくて、その延長で今に至るのだと思います。
いや、明確にトモダチ側の思考って出てこないのですが、多分そういうことかなーと。(トモダチ側の明確な意思は多分、ラスト、中学時代に自殺しようとしたトモダチが自殺を思いとどまったのもまた、無自覚なケンジの存在があったから、という一点に尽きるかもしれません)

そして、カツマタくんはかつて自分を万引き犯だと決め付けたイケガミくんの名前を名乗ってカンナママに近づき、小さな新興宗教から初め、フクベエのふりをしてケンジ一派に加わり「トモダチ」と戦い始めます。(でも、一章を思い出してもらえるとよいのですが、フクベエは別に自分でフクベエとは名乗ってないんですよね。ケンジたちが「あれはフクベエじゃないかな、多分」と同窓会で言っただけで)
ケンジは自分が原因でカツマタくんがイジメにあうようになったのに、それをすっかり忘れて現在に至るのだから、本当に小学生の残酷さって計り知れません。
けれど、トモダチランドの記憶装置の中でケンジはそんな自分をやり直し、万引きしたのは自分だと駄菓子屋さんに自主して運命を変え始めます。
相変わらずイジメにあって引き篭もりっぽく中学生になったカツマタくん。
けれど、ある日自殺しようとした校舎の屋上でケンジと再会し、「友達になって」と告白します。対するケンジは「いいけど、その変なお面取れよ」と。
お面を取って自分を曝け出す勇気のなかったカツマタくんは、またそのまま逃げ出してしまいそうになりますが、未来からきた成長したケンジの「お前も一歩を踏み出さなきゃ駄目だ」という言葉に勇気付けられ、それまで頑なに被ったままだったお面を取り、再びケンジのもとへ。
本当の顔を曝け出したカツマタくんとケンジは、これで友達となったのでした。

夢の中だけでは、過去の世界だけでは、ハッピーエンドですね…!
映画の途中で「トモダチはオレたちが生み出した空想の化け物かもしれない」というフレーズが出てきて、ワタシこの人の漫画プルートウくらいしか読んでないのですが、あれもそういった解釈の部分があったので、もしかしたら原作はそういう曖昧な終わり方をしてるのかな、と思ったりもします。(トモダチも「僕が20世紀少年だ」とか言ってるし)
でもいいよいいよ、カツマタくんでいいよ!(映画と漫画が違う正体ということは、このカツマタくん自体出てくるか判りませんが)
カツマタくんとケンジの友情物語は綺麗に終わってたからいいよ。
物語の主人公って大体巻き込まれ型なんですが、このケンジに限っては巻き込まれ型に見せかけて、実はすべての元凶だったというオチですよね。
イジメに合った子が大人になって世界に復讐する話とも取れるのかな。子供時代に子供を満喫できずに成長した大人になれない大人が、子供時代を取り戻すために駄々捏ねてる姿にも見えますが。

さてさて、以上のような内容の映画でしたが、何をそんなに見終わったあとに辛口評価しているかというと、やっぱり内容の練りこみが問題なのかもしれません。
原作がどのようになってるか知らずに言うので、またスミマセン…!なこと言ってるかもしれませんが、まずワクチンを命がけで開発したはずのカンナママのワクチンが、あまり目立ってない。あのひと、一章から三章にかけて暗躍してたはずなのに、最後であの扱いなのか…。
そしてフクベエ(トモダチ)。
これはもう、映像化ということでしょうがないのですが、一章の頃から後姿のシルエットだけで誰が「トモダチ」だったのか判っちゃうのはどうなのよ。
ワタシ、一章の頃から「いやこれどうみても蔵之助の後姿だろ!」って言い張ってましたけど(それ以外にも、一緒にビルから落ちたりとか、あまりにも怪しすぎて逆に罠?ひっかけ?とか思ったり)、見終わった友達から「いやー、蔵之助の後姿だけは、どうしようもないよねー」と言われて、ほらやっぱり、と…(笑)。
絵だとね、漫画だとね、ぼやかしも利きますが。映像だもんね。
でも、後姿をナシにしてもあのビルからの落下シーンが怪しすぎて犯人有力視されてたフクベエがそのまんまトモダチだったときに、まず第一の「えー↓」がきました。
そんな、簡単な謎解きのために三章まで付き合ったのか…!と思うと、ちょっとがっかり。ワタシごときに見破られる程度ってどうなの。そんなに薄っぺらい内容でいいの?(同様にヨシツネがトモダチっていうのも絶対に嫌だった)
そして第二の「えー↓」がワクチン関係で、そのままエンディングが万博でのライブって、それもまた「えー↓」です。(でもこれは後々真のエンディングで少し持ち直す)

あと「えー↓」以外に疑問だったのが、東京が壁で隔離されてたった2年のはずなのに、どうして冒頭のオッチョを助けた少年少女たちはまるでそれ以前の世界を知らないような感じになってたのか、カツマタくん(トモダチ)とサダキヨの関係が明確じゃないとか、ウルトラマンとハットリくんのお面の差別化は?とか、疑問は尽きない…。(漫画家もあれからどうなったのか、エンディングでその後の姿が見られるかと期待させる別れ方だったのに)

原作人気で待望の完結編なだけに期待してましたが、全体的なクオリティは一章から三章の間に段々と下がってきた感があります。構成も含めてね。
けれど、終わってないかといえばそんなことは別になく、漫画を知らなければ映画三部作だけで終われないこともないし、未消化の部分や明らかに端折ったろ!って判る部分にも目を瞑れば、これはこれで面白いエンターテインメントなのかもしれません。
でも、何故かほんと、エンディングが流れたときの感想は正直に「がっかり」だったんですよね…。原作を映画版にすべて詰め込むことは出来なくて、けれど端折ったにしても、このがっかり感と友達の飛び蹴りからも、原作はきちんと満足させてくれる完結なんだと思います。いや、信じます。長いので読むのが面倒ですが…。(おまえ)

原っぱの少年たちのレトロ感が好きでした。
カンナと孫刑事は仲良しになってもいいと思う。
ケンジはこの後色々反省する旅に出ればいい。というか、あのひとは社会復帰は無理そうだ。

そんな二十世紀少年。
テレビ版じゃなくてちゃんと映画版の、サダキヨとか出てきた二章を見直したい気分が一番強いかな。うん。
Comment
≪この記事へのコメント≫
私も見ましたー
もう三部作の内容は横に置いといて、
エンディング後、二人の少年が友情を結べた。
それだけで全てを許せました。(っていうか壮大な三部作はなかったことに)
いいですよね、少年同士の友情! 愛情! 愛憎!
あそこだけで本が作れる勢いです。
(が、当然のようにYうにさんとカプは違うんだろうな…)
2009/09/07(月) 22:45:24 | URL | F原 #-[ 編集]
やっぱりそこですよね!
あのラスト10分ですべてが許せるというか、すべてが帳消しになるというか!
ほんと、エンディングのがっかり度が緩和されました。腐的な方向に。
トモダチのあれこれはすべて要するに愛憎だったんだよ、と言い張ります。
想いのベクトルが強いので、トモダチ×ケンジです。また真逆ですか(笑)。
2009/09/08(火) 10:04:45 | URL | タカヤマ #-[ 編集]
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